はじめに

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Lahore(November 11, 1989)




パキスタンの映画館。看板、日本もこんなのがいいな。




パキスタンで最後の写真、Lahoreにて。ボーダー越えてインドへ


Lahore(November 9, 1989)


バードシャーヒーモスク










夕食に招待されましたが、慣習の違いが・・よい教訓になった日。







Lahore(November 9, 1989)


馬車!新鮮!




Murree(November 5, 1989)

* * * Diary 1989 * * *

楽しみにしていたギルギット行が、バスが不調のため中止となってしまった。不調というか坂道が苦手なおじいちゃんバス・・・しかたがないね。その代わりに避暑地のMurreeへ



Lunch time


Peshawar(November 4, 1989)

--- 2020年追記 ---
カイバル峠。アレキサンダー大王もチンギス・ハーンも玄奘三蔵も越えた東西の交易路にある峠。20代のわたしは、戦争はもちろん、大きな災害にも見舞われたこともない、そしてインターネット検索なんてまだまだドラえもんの世界でしたから、カイバル峠がどういうところがまったくわからず平和ボケした笑顔で観光してきました。今は、外国人は立ち入ることができないのですね。


カイバルアーチ




左側のガイドの方おすすめの撮影ポイント






峠の途中。バスを止め




この後、希望者のみ有料で撃たせてくれました。




ランチはハンバーガー。絶品。




ダッラ




工場が併設されている武器ショップ




ステッキ型の銃




全部武器のお店








作っているところも見学できる




ぺん型の銃。 Made in Japanでした(笑)




毛皮がぶら下がっているお店は大麻ショップ




武器だらけの中に商談ソファーが。疲れたので座らせてもらいましたが・・・。



Peshawar(November 3, 1989)

* * * Diary 1989 * * *

風邪を引いて、ホテルの部屋に一人で寝ている。いつもは気にさわってしまう町の中の喧噪も今日は心地がいい。静かだったら心細く感じていたかもしれない。ひとりになったの、随分久しぶり。

Islamabad(November 1, 1989)


昨日は夜遅くまでドライブだったので1日遅れのバースデーパーティ
チャイニーズレストランで。


Islamabad (October 31, 1989)


誕生日。朝からすばらしい朝日。最高のプレゼント。



誕生日の夜
誰かがどこかで見つけてくれた缶入ケーキ


Sukkar(October 29, 1989)


ランチタイム。突然ラクダの商隊が




クエッタにある道標。ロンドンから9470km。




非常食(個人的)のバナナの仕入れにフルーツショップへ




たぶんインダス川



サッカルで泊まったホテル al habib hotel

Quetta(October 27, 1989)

--- 2020年追記 ---
トルコ最後の日に、次の国イランと国交がかんばしくなかったイギリス国籍の人とたぶん危険と判断してイラン入国しなかった数名は、一旦バスを降り、空路パキスタン入りし、私たち陸路組とクエッタで合流でした。
陸路組は「ハードな一日」を終えた次の日。空路組が来る前にみんなでバスの掃除をしました。



ホテルで空路組到着前にバスの掃除
  Hotel Bloom Star





Taftan(October 26, 1989)


--- 2020年追記 ---

イランーパキスタンの国境やクエッタは外務省の危険情報でもレベル3と4。外国人にとって、危険な地域になってしまいました。今ほどではなくとも、私が旅した80年代でも、クエッタやラホールは危険といわれていましたが、私たちは大きな問題もなく通過できました。
しかし、この日の朝、ガイド件ドライバーのブレントが、「ハードな日」「道が無くて迷うかも」って言っていて、ネットどころかガイドブックすら持っていなかった日本人組は意味が分からならず、「ははは。なにがあるの~」なんてお気楽でしたが、イランを出た後の悪路はなにかに例えるとモーグルのこぶをバスでつっこんでいる感じ。確かにブレントのいう通り道はなく、前に通った車の轍があるだけでした。バスの揺れで窓は勝手に開くし、閉めてもどこからか土埃が入ってきてバスの中で視界がない状態で前が見えない。バスがジャンプするたびに、大袈裟ではなく、お尻が30cmほど宙に浮くので、そのたび飛ばされないよう必死に捕まっていなければなりませんでした。
そしてこの日はこの旅で忘れることができない「ハードな一日」となったのでした。



ホテルの窓から見える建物。さすが国境




ホテルをチェックアウト。パキスタンへ




・・・・。



イミグレ。ホメイニ氏がバイバイしています



難民キャンプ?今となってはイラン側だったのか、
パキスタン側の写真だったのか記憶がありません。



クエッタまでの道・・・。というか道がない。



覆面。この苛酷な状況下、頭をガラス窓に何度もぶつけながらも

ぐっすりのmitukoと。イランで洗濯できなかった私のジャケットの汚れも凄い!